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Interview 2023年10月24日

スペシャルインタビュー NHKアートが目指す「SDGsに配慮した美術制作」の研究開発に迫る!


NHKアートさんとハイケムの出会いは2年前にさかのぼる。東京ビッグサイトで開催された「エコプロ2021」に、次世代のサステナブル素材と銘打って、ポリ乳酸(PLA)の新ブランド、ハイラクト®(HIGHLACT®)を出展した時に始まる。その出会いから、後述するPLA(ポリ乳酸)素材を用いた、クロマキー幕やパンチカーペットなどについて、NHK・NHKアートのみなさんと試行錯誤しながらテレビ業界に耐えうるものができないかと開発を行ってきた。

先日、そんなNHKアートさんが展示会を開催されると聞いて、見学にいってみたところ大変驚いた。果たしてこんなに系統立てて、網羅的にサステナブル素材をまとめて提案できる組織が他にあるだろうか。これは、テレビ業界の枠を超えて、SDGsに大きく貢献できる“何か”なのではないかと考えたのだ。

そこで、本当に微力ながら、ハイケムのオウンドメディアでも記事にさせていただきたいとお願いしたところ、ご快諾いただきこの記事が発行できる運びとなった。

NHKアートさんの目指すSDGsに配慮した美術制作の取り組みについてぜひ、ご一読いただきたい。



NHKグループの中で唯一の総合美術会社。テレビ番組美術では、制作進行業務から大道具の製作、運用、装置、装飾、衣装、メイク、かつら、CG・VFXのデザイン制作なども手掛ける。また、番組以外ではイベント部門やホール運営部門もあり、さまざまなフィールドのコンテンツを、企画からアウトプットまでワンストップで提供できるのが強み。

(左から)小田貴政さん 小杉由紀さん 榧野雄さん

1. NHKアートがSDGsに配慮した美術セットの研究開発に取り組む理由

——SDGsに配慮した美術セットの研究開発に取り組むようになった経緯を教えてください!

小田 NHKアートの強みを生かした新たな事業の開発をひとつのミッションとする部署が2年前に発足し、私と小杉もその部署に配属されました。

5年後、10年後に向けた事業を構想していて、いくつかテーマがある中で、SDGsに向けた取り組みが急速に広がっていた時期だったので、テレビ業界でも取り入れられる環境に配慮したサステナブル素材についての調査は急務と考えました。


——NHKアートさんがSDGsに配慮したサステナブル素材を選ぶ基準とは?

小杉 あくまでこのプロジェクト内での考え方ですが、SDGsに配慮したサステナブル素材とは次の3つに分類されると考えています。

1つ目は、マテリアルリサイクルができる素材です。紙や段ボールがそれにあたります。例えば、段ボールは6回再生することができる素材であるといわれています。

2つ目は、アップサイクルされた素材。例えば、使用済みの衣類など廃棄せざるを得ないものを、粉砕、加工して成形したボードなど、もう一度別のものに生まれ変わらせた素材です。

3つ目は、製造段階における環境負荷が少ない素材です。植物由来でカーボンニュートラルな特性を持つ、ハイケムさんのポリ乳酸(PLA)繊維:ハイラクト®(HIGHLACT®)もここに分類されると思います。

素材によって、廃棄方法も変わってきます。クライアントのニーズやシチュエーションに合せてどんな素材を使うべきか、そしてどう廃棄するべきか、環境負荷削減につながる美術制作のトータルコーディネートを提案していくのが大切だと考えています。


2. テレビ業界へのサステナブル素材の浸透度は?


——現時点で、テレビ撮影の現場などにおいて、どのようなサステナブル素材の採用が進んでいますか?

榧野 はじめは、今までにないビジュアルの素材が選ばれることが多かったと思います。色味がすごくキレイだったり、デザイン性が高かったり、映像映えするものは採用が進みやすいですね。環境に優しい素材であるかどうか以上に、まずデザイナーに採用してもらうことが第一歩です。

2022年度は2021年度に比べ、さらに多くの番組でSDGs素材がセットに使用されました。これまで一番使われた素材が、繊維廃棄物を加熱・加圧成形してアップサイクルした素材です。素材特有のユニークな柄を気に入っていただき、ニュース番組の床材やテーブルの天板などに使用しています。

小杉 アップサイクル素材はNHKアートの社内の環境経営に対する意識を高める取り組みの一環としても活用が進んでいます。

当社は衣装のコーディネート業務も行っています。できるだけメンテナンスしながら長く使い回していますが、長年使用して役目を終えた衣装は廃棄になります。その衣装をアップサイクルできないかと考え、100%繊維系素材でできたリサイクルフェルトボードを製作する会社に、当社が提供した衣装を50%程度含むボードを製作していただきました。

このボードを使って、社員向けのバインダーやオフィスのパーテーションを制作しました。サステナブル素材を通じて環境負荷削減に対する意識をもっと高める動きにも繋げられると良いなと考えています。

長年使用され、廃棄が決まった衣装を原料としてアップサイクルした素材で製作したオリジナルのパーテーション

——テレビなどの撮影現場にSDGsに配慮したサステナブル素材を採用する際に難しかった点は?

小田 撮影現場でセットを作る時の土台として用いられる「箱馬」や「平台」と呼ばれる用具があります。この用具は木製なのですが、現場の基盤となるような資材です。当初は頻度の高いものから置き換えを進めたいという構想もあり、代替素材の検討を開始しました。

段ボール製、廃棄衣料のアップサイクル素材のプロトタイプを試作
結局木が一番という結論に

まずは段ボールを試してみたのですが、非常に軽量化されて運搬も楽になり、作業の効率化に繋がったものの、耐久性がなく、水にぬれると使えなくなってしまうため、置き換えには向いていませんでした。次に試したのが、廃棄衣料から作ったアップサイクル素材。逆に今度はすごく重くなってしまいました。

これらの試作を通して、「やはり箱馬は木製が一番良い」ということを再認識しました。

木材は100%リサイクルが可能で、実はとてもサステナブルな素材です。

この検証をしたことで、段ボールや紙で作った製作物の可能性が広がりました。現在は紙製美術セット・展示什器の製作が実用化しています。

榧野 番組のセットは限られたスタジオのスペースの中で、常に建てては解体して運用し、常に作り替えなければならないので、重さや耐久性の問題はとても重要です。耐久性がないと結局使えないということになってしまいます。

小田 最初に着手したのは「箱馬」のような、ベースの資材だったのですが、実際に採用が進んだのはデザイン性を重視した装飾の部分でした。これもこの2年間試行錯誤をし、NHKと協働でプロジェクト進めることで分かってきたことです。

3. テレビ業界の“捨てる”を見直す活動とは?

——「“捨てる”を見直す」活動も進んでいるとお聞きしました。

榧野 NHKの番組セットは当社が解体や分別を行っています。廃棄せざるをえないものもありますが、“捨てる”を見直し、可能な限り分別してリサイクル率を高める取り組みを進めています。

棄物を集める場所は「解体場」という名称だったのですが、NHKのデザインセンターと協働して、名称を「美術リサイクルコーナー」に改め、分別を強化しました。分別数を増やすことでリサイクル率アップに貢献しています。

美術リサイクルコーナー

——なぜリサイクルコーナーをリニューアルしようと考えたのですか?

小杉 分別は人の手でやらなければいけない行為です。人が行動しやすい環境を作ることが重要であると考え、どこに何を捨てれば良いかをわかりやすくするため、リサイクルコーナーのビジュアルやスペースを見直し、どこに何を捨てるかという表記を明確にしました。

現場から「急に細分化するのは難しい」という声も上がることも想像できました。もう何十年も続けているシステムを急に変えるので当然のことだと思います。

——どうやって現場の意識を変えていったのですか?

榧野 どこにどういうふうに資材を捨てるのか、定期的な部内の会議やコミュニケーションツールを使って共有していて、徐々に浸透してきているという段階です。リサーチもすごく大切だなと思いました。

4. ハイラクト®(HIGHLACT®)素材の採用

——NHKアートさんには、PLA(ポリ乳酸)繊維:ハイラクト®(HIGHLACT®)素材の導入も進めていただいています!

小杉 ハイラクト®(HIGHLACT®)の素材はパンチカーペットクロマキー幕と呼ばれる撮影用の布での採用を検討しています。

榧野 そうですね。パンチカーペットは、実際に番組用の床材として使用させていただきました。

小杉 プロジェクトが開始した時、パンチカーペットは資材の中でもよく使うので、早急に対応していきたいもののひとつでした。


パンチカーペットは、基本的にはポリプロピレンとポリエステルの混合物でできていますが、マテリアルリサイクルできる条件は基本的に単一素材で作られていることなので、リサイクルが難しい素材でした。

ですから、PLA(ポリ乳酸)のような植物由来でカーボンニュートラルな素材で作られたハイラクト®(HIGHLACT®)に置き換えるという選択は、環境的な観点からも理にかなっていると思っています。

生分解性があるので、将来的に土に還るところまでいくのが理想だと思いますが、まだまだ難しいですよね。

榧野 PLA(ポリ乳酸)繊維でできた、クロマキー幕については、試作品として色々な現場に使ってもらっているところです。クロマキー幕とは、映像を合成する時に使用される布で、石油由来の繊維でできていることが多いです。

PLA(ポリ乳酸)を用いたクロマキー幕のテスト風景

ハイラクト®(HIGHLACT®)で試作するにあたり、従来品に色を合わせて制作してもらったのですが、照明を当てた時に光の反射率や吸収率などが従来品とは違ってしまうようで、クロマキーの色として認識されず、そこだけ合成できないという事象がありました。

今はハイケムのチームの皆さんと一緒に、状況をその都度報告して、改善しながら撮影に耐えうるようなクロマキー幕に改良していってもらっているところです。

——ありがとうございます!少しでも貢献できたのなら嬉しいです!
SDGsに配慮したサステナブル素材の研究開発について、この2年間ですごくたくさんの成果が出ているんですね。


小杉 イベントの提案を行う時などは、サステナビリティを意識した提案を最初から求められることもあります。そういう意味でも、サステナブル素材を用いた提案ができるようになったという点では、ベースができてきたと考えています。

この2年間で集めたサステナブル素材を広めるべく、サステナブル素材を集めたカタログをつくりました。先日は、NHKアート主催のサステナブル素材の展示会も開催しました。

NHKアートが制作した、サステナブル素材を集めたカタログ

小田 数年先のことというイメージで始めたものの、意外と実用化が早かったと思います。NHKのデザイナーを含め、プロジェクトが同時進行していたということも大きいですね。需要と供給 がマッチしていたと思います。

ただ、この取り組みが続いていくのか、それとも一過性で終わってしまうのかというのは、今後の試み次第だと思っています。

小杉 そして、活動の中で、ハイケムさんや、色々なメーカーの素晴らしい取り組みを目にし、この製品をどんどんシェアしていかなければいけないという責任感みたいなものも勝手に芽生えています(笑)。


ぜひ、こういった素材について発信して、テレビ業界に限らず、美術や装飾、施工の世界にまで広めることで、素晴らしいサステナブル素材が一般化していったら良いなと思っています。


——本日は、ありがとうございました!

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