第3回「Growth Bridge」創業の精神と競争力の源泉
今回は、イベント前編「創業の精神と競争力の源泉」の様子をお届けします。
会長がハイケムを創業した経緯や、人材育成に対する考え方など、ハイケムの歩みと競争力の源泉を知ることができる内容です。ぜひご一読ください。
イベントの目的は「創業の精神」を若い世代に伝える
第一部では、社長がモデレーターを務め、事前に全社員から募集した質問の中から5つのテーマを取り上げ、会長・副社長が質問に答える形で鼎談が進行しました。
創業の原点やハイケムの競争力、人材育成など、会社の歩みと未来につながるテーマについて、経営陣ならではの視点から語られました。
まずは、社長から今回のイベント開催の目的について説明がありました。
(社長)今日僕がこの会議を設定した目的ですが、この2年ほどで会社に入ってくる若い人たちがかなり増えました。また、会社の発展スピードもとても速くなっています。
ただこの2年間人事を担当していますが、最近特に感じるのは、若い人たちがハイケムに入社する理由が、創業世代とは本当に違ってきているということです。
日本でハイケムを創業した当時の若者は、「日本社会の中でどう生き残るか」という想いを胸に、みんなとにかく必死に働きました。
一方で、最近の若い人たちには、創業当時とは異なる価値観や働き方への意識があるように感じます。
だからこそ、これからの世代の人たちがハイケムでどう発展していくのか、そしてどう成長を続けていくのかを考えたときに、創業の世代の精神や文化をどう受け継いでいくのかを大切にしたいと考えました。
創業のきっかけ
(会長)実は、ハイケムを設立した当時に明確な目標なんてものはありませんでした。
当時、三菱油化と三菱化成の合併があって、私は油化側の契約社員だったんですが、油化側は社員が2万人、化成側は4万人で、「これは将来ちょっと厳しいかもしれないな」と感じたんです。そこで、合併発表後の半年くらいの準備期間の間に、自分でも転職先を探してみました。でも、それがなかなか難しかった。
日本では、三菱などの大企業で働いたあとは、次の会社では扱いづらいと思われることもあり、なかなか採用してもらえなかった。何度か転職を試みましたが、結局うまくいかず、「それなら自分でやるしかないかな」と考えるようになりました。
中国に戻る前に、自分が本当に好きだと思える製品を見つけて事業を始めよう。そんな単純な動機で始めました。
創業当初は、「21世紀商事」というコンサルティング会社からはじめましたが、実際に始めてみると、日本と中国の両方を理解して仕事ができる人材は本当に少ないと分かりました。
だから、「良い製品が見つかったら中国に戻って工場を作ろう」とずっと考えていたんですが、結果的に見つけたのが“触媒”で、そこから南通工場を始めたんです。ただ、その頃には日本側でもすでに多くの事業を進めていて、簡単には中国へ戻れなくなっていました。
実際には、そういう流れで今に至っています。これが私の創業の動機ですね。
創業当時に直面した3つの壁
(会長)創業の動機や目標についてですが、実は創業時には「三つの大きな困難」があると考えていました。
一つ目は「何をやるのか」。二つ目は「お金」。そして三つ目、これが一番重要ですが「誰がやるのか」です。
「何をやるのか」
「何をやるのか」について、最初はいろいろ試しました。「中国を理解しているなら、専門の化学以外のこともできるんじゃないか」と思って、実は化学品以外にも挑戦したんです。
たとえば、中国で醤油事業をやろうとしたこともありました。
でも結局、化学以外の分野になると、どれだけ説明しても相手に伝わらないんです。
私の日本語はずっと上手ではなかったので、それも理由かもしれませんが、化学なら、言葉が通じなくても方程式を書けば伝わる。やはり私の場合、化学の方がスムーズだったんですね。
だから自然と、少しずつ化学を軸に事業を始めるようになりました。
「お金がない時はどうするのか」
では、お金がない時はどうするのか。その時の答えは、「お金のかからない仕事をする」でした。大企業向けに調査レポートを書いたり、サンプルを作ったりしていました。
ちょうどその頃、日本ではAPI(医薬品原薬)や医薬中間体の生産を外部に出し始めた時期でもありました。
また、大型設備を中国へ移転する案件もあったので、できるだけ「借金をしなくてもできる仕事」を選んでやっていました。
「誰がやるのか」
人材については、本当に運が良かったと思います。
最初は高虹と二人で3〜4年やっていましたが、大きなプロジェクトが動き始めた頃、ちょうど中国人留学生の就職氷河期と重なったんです。そのおかげで、とても優秀な人材が会社に入ってきてくれました。
それから、日本企業では昇進に時間がかかることも多いですが、ハイケムでは比較的早く成長できる環境があったのも良かったんだと思います。そこで毎年少しずつ採用しながら会社を大きくしていきました。
その他、中国の湖南大学で奨学金制度をいち早く設けたり、中国の若者が日本でインターンできるような支援も早い段階から実施していました。おかげで、非常に有望な若手人材がたくさん入社してくれるようになりました。
私は創業には
「天の時(タイミング)」
「地の利(環境)」
「人の和(人材)」
この三つが必要だと考えています。どれだけ能力があっても、時代やタイミングが合わなければ、大きく成長することは難しい。創業当時、私たちは日中両方を理解していて、日本人だけではできないこと、つまり、中国への深い理解があった。そこが大きな強みになったんです。
ハイケムのコア競争力とは
(副社長)創業当初から、私たちは「中国化学品の専門商社」という立ち位置を明確にしてきました。そして、技術を基盤にしている点が、他の商社との大きな違いであり、最大の競争力だと思っていて、それは今でも変わっていません。情報化が進み、さまざまな手段が増え、市場環境も大きく変化していますが、それでも「技術を軸にする」ということが、私たちにとって最大の強みです。
もう一つは、非常に大きな市場ーー中国市場を持っていることです。しかも、その重要性は今後ますます高まっています。以前はグローバル化の時代で、「世界中どこでも自分たちの市場だ」という感覚でした。でも今は違います。日本は日本、アメリカはアメリカ、中国は中国、という形で分断しています。
その中で、私たちは日本と中国の両方にアクセスできる。今でも両方に手が届く立場にいる。だから、この市場そのものも非常に重要な競争力だと思っています。
ハイケムが決断してきた過去の投資判断について
(会長)30年以上の間に、会社として本当に多くの投資案件を手掛けてきましたが、振り返ってみると、“大きな危機”というよりは、“大きな挑戦”が何度かあったという感じですね。私たちは基本的に、大きな投資を一気にするタイプではありませんでした。どちらかというと、少しずつ積み上げながら、慎重に大きくしていくやり方です。だから、投資リスク自体はそれほど高くありませんでした。
ただ、数回だけ大きな挑戦がありました。大手メーカーと一緒に進めた設備移設の案件や中国での大型プロジェクトへの投資です。
「大企業は本当に管理が厳しいな」と思いながら、何年も一生懸命学びながらやっていましたが、結局なかなかうまくいかなかった。実際には、投資判断の裏には見えないリスクがたくさんありました。その結果、最後にたどり着いた結論は、「自分たちが主体となって、自分たちでコントロールできる形でやるべきだ」ということです。
だからその後に進めた新たな投資プロジェクトでは、「全部こちらに任せてほしい」という形で進めました。自分たちで主導権を持てるようになると、人は本当に変わるんです。一つは、必死になれること。もう一つは、リスクを取れることです。この投資によって、私たちは“ゼロから全部やる”経験をしたんです。自社での研究開発、触媒開発、実験設備、エンジニアリング設計――本当に全部やりました。
この投資プロジェクトが実現できたのは過去のプロジェクトでの失敗があったからこそだと思います。またこれらの経験を通して、私たちは「メーカーの考え方」も理解できるようになり、同時に「商社の考え方」も理解できるようになった。
これこそが、ハイケムという会社が、“二つの翼・二本の足”で成長していける原動力だと思っています。これからは、日中間だけでなく、このプラットフォームを通じて世界へ広がっていく。その中で、相手国の文化や価値観、技術、仕事の進め方の違いを理解できることは、大きな強みになると考えています。
ハイケムのリスクテイクに対する考え方
(副社長)リスクを取るという点で言えば、ハイケムは昔から、会社の規模には見合わないような大きな仕事に挑戦し続けてきたと思います。メタノール案件(設備移設)を始めた時なんて、会社には10人もいなかったんですよ。それなのに80万トン規模のメタノール設備の移設事業をやろうとしていた。今考えると、本当に無謀だったかもしれません(笑)。そして、5〜6年やっても、結局大きな成果にはならなかった。でも、その経験が後につながっていったんです。
(会長)結局、どんな仕事でも同じなんです。失敗すること自体は怖くない。大事なのは、「なぜ失敗したのか」を自分で見つけ出せるかどうか。そうすれば、その時の経験は必ず次のチャンスに活きてくる。世の中に“無駄な経験”なんてないんです。挑戦し続けて、振り返って、学び続ければ、そのすべてが将来の力になります。
私はよく、今の若い技術営業の人たちにも言うんです。今の自分が見えている世界と、10年後・20年後に見える世界は、まったく次元が違うということです。この前、ある社員が「こうまとめました」と相談に来たんですが、私は「今の年齢と経験でそこまでできているなら十分素晴らしい」と言いました。すごく論理的に整理できていた。でも、それでもまだ“今の視点”なんです。小さな仕事から中規模の仕事へ、中規模からさらに大きな仕事へ。そうやって積み重ねていく中で、人の視野や考える高さは変わっていきます。だから、焦らず、地に足をつけて努力を続けることが大切なんです。
50代、60代になった時、自分の下には多くの優秀な人材がいて、仕事を割り振る立場になる。その時に考えることは、今ただ一担当者として考えている内容とは、まったく別次元になります。だから若いうちの失敗は怖くない。怖いのは、経験を振り返って学ばないことです。
3〜5人を率いるようになり、さらに30〜50人を率いるようになった時、求められる力も、経験値も、まったく違うレベルになります。経験の積み重ねというのは、ある段階を超えると“桁違い”の変化になっていくんです。
「短期利益」と「長期利益」について
(副社長)日本という社会は、非常に“信用”を重視する社会です。だから、「短期利益」と「長期利益」が衝突した時には、特に注意しなければなりません。今の会社の信用や評判というのは、先輩たちが長い時間をかけて築き上げてきたものです。
それは中国でも日本でも同じですが、もし小さなことでその“信用”を壊してしまったら、本当に惜しいことなんです。
特に日本では、こうした伝統や信用がとても重視されます。一度問題が起きてしまうと、そこから信頼を回復するのは非常に難しい。
だから、日本で働く人、日本で生活する人、日本で長く仕事をしていく人は、絶対にその点を意識してほしいと思います。
目先の小さな利益を追いかけることで、自分自身にも、会社全体にも、良くない結果を招いてしまうことがあります。そこは本当に気をつけなければいけません。
長年のパートナーとしてお互いの理念をどう理解・支持し合ってきたのか?
(会長)これはとても分かりやすい例えがあるんです。私たちがゴルフに行くと、みんなよく言うんですよ。「社長はティーショットが大好きだ」って(笑)。
つまり、一打目を思い切り打つのは好きなんです。二打目も、フェアウェイからかなり飛ばせる。でも、その後はあまり気にしない(笑)。グリーン周りのアプローチとか、最後のパットとか、そういう細かいところはあまり得意じゃないんです。
会社もそれと同じなんですよ。つまり、前に出て道を切り開く人もいれば、後ろでしっかりと実務を積み上げて、形にしていく人もいる。この話を、とある会社の総経理がうまくまとめてくれました。「もし林さんたちがいなかったら、社長だけではどこまで崩れていたか分からない。社長は最初の二打だけ上手く打って、あとは全部みんなが実現しているんだ」って(笑)。
でも、私はそれが、この30年間の一つの“役割分担”だったんだと思っています。私は前へ出て挑戦する役割。そして周りには、それを着実に形にしてくれる人たちがいた。
それが会社をここまで成長させてくれたんです。
(副社長)それから、社長との間で大きな意見の対立は、実はあまりありませんでした。仮にあったとしても、私はあまり表には出さなかったですね。でも、それで問題はなかった。
覚えているのは、2010年に南通で経営計画会議を開いた時です。その時すでに、会社には
「安定的な成長」と「飛躍的な成長」この両方が必要だ、という話をしていました。
私は、“安定成長”というのは、会社全体を支える土台となる、非常に重要で堅実な力だと思っています。だからこそ、貿易事業をしっかりやること、商社機能を強くすることはとても大切です。
一方で、新しい事業開発や大型投資については、会社としても大きなエネルギーを投入してきました。その部分は、主に会長が直接指揮していましたね。南通工場もそうですし、大規模投資案件もそうです。
これも一つの役割分担だったと思います。安定した事業を着実にやること。そして、大きな投資をして、大きなリターンを狙うこと。どちらも会社には必要なんです。
この20数年を振り返ってみても、実は“決定的な対立”のようなものは、ほとんどありませんでした。会長が「やろう」と決めたら、私たちは基本的についていく。そして、「どうすればそれをうまく実現できるか」を考える。「それは違う」と最初から否定するのではなく、どう成功させるかを考えるんです。
若手人材が経営型人材に成長するために必要なこととは?
(会長)シンプルに言えばーーまず「好きであること」です。
私は、化学の構造式を“お金に変える”ことが好きなんですよ(笑)。「図面を描いて、それを価値に変える力」みたいなものですね。なぜかというと、私は化学以外にできることがなかった。だから、この道をやるしかなかったんです。
もちろん今は社員も増えて、みんなが化学をやる必要はありません。
でも、自分が好きな仕事なら、人はそんなに苦にならない。どれだけ大変でも、歯を食いしばって乗り越えられる。そして、好きで続けていると、人は認識や視野をどんどん広げていくんです。
その成長スピードは人によって違います。30代で課長になる人もいれば、40代で部長になる人もいる。成長の速い人もいれば、ゆっくりな人もいる。
最後に伸びる人というのは、総合力が高い人です。そして何より重要なのは、「自分に厳しくできるか」ということ。自分に甘く、苦労を避けてしまう人には、人はついてきません。
リーダーになればなおさらです。これは本当に大事なことです。つまり、自分の“器”がどれだけ大きいかで、率いるチームの大きさも決まる。
だから重要なのは、
第一に「好きであること」。
第二に「粘り強く続けること」。
第三に「学び続けること」。
常に、自分の認識の限界を理解しながら、それを少しずつ広げていく。結局、それ以上に大切な方法は、あまりないと思っています。
(副社長)さっき社長が、「最近の社員は昔ほど競争意識がなく、“寝そべり”傾向があるのではないか」と言っていましたよね。でも私は、これこそ経営人材になるために非常に重要なポイントだと思っています。
私たちは商社です。商社というのは、“取りにいく”世界なんです。仕事もチャンスも、自分から取りにいくものです。待っているだけでは絶対にうまくいきません。経営人材になるにしても、リーダーになるにしても、すべての仕事は“自分で勝ち取る”ものなんです。
どんな小さな仕事でも、最後は自分で必死に掴みに行かなければいけない。当時、中国のお客様が来日すると、多くの会社はただ「訪問してもらう」のを待っていました。でも、こちらから待っているだけではダメなんです。
私たちは、相手を迎えるために入口で待ってでも、自分たちのところへ来てもらう。
そのくらいの気迫が必要なんです。その“取りに行く姿勢”がなければ、チャンスは全部他人のものになります。
こちらができるのは、相手が努力を怠った瞬間に、そのチャンスを取りにいくことだけ。
だから私は、商社にとって最も大事なのは、この「攻める姿勢」を持ち続けることだと思っています。
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創業当時の苦労や挑戦のエピソードからは、「挑戦を恐れず経験から学び続けること」「技術を軸に価値を生み出すこと」「長期的な信頼を積み重ねること」といった、ハイケムの創業精神が随所に感じられる内容となりました。
次回の後編では、社長・副社長を中心に、ハイケムが目指す未来や次世代への期待、これからの経営について語られた内容をお届けします。ぜひご覧ください。



